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だ陀み弥あ阿1 2 3 54 67 22あらゆる自然のなかに神がいるさんいったい誰がなんのために、こんな山奥にこれほどまでも巨大な石仏をつくったのか。南相馬市の大悲山の磨崖仏を見た人は、その大きさもだが、それが1000年以上前の平安時代、人目を避けるように山の奥深くにつくられたということに驚く。大悲山の磨崖仏のなかでも薬師堂の磨崖仏は一番保存状態がいい。崖の石仏を覆って建っている薬師堂に入ると、間口15メートル、高さ5.5メートルにわたって、4体の如来像が姿をあらわにする。「仏教がこの地に伝わり始めた頃にできたものです。1人でつくるには大規模すぎるので、当時の政治的あるいは経済的な力を持っていた人が関わっていたはずです。完成度の高さから中国の人も加わっていたと考えられます。できた時は真っ赤な背景に、赤、黄、黒の極彩色の仏像だったことがわかっています」と市の文化財担当の川田 強さんが語る。西洋の教会の聖堂の空間にも匹敵する極彩色の宗だいひ教空間がここにあったのである。この4体の如来像を中心に、脇には菩薩立像、線刻の菩薩像などが並ぶ。菩薩とは人と仏の間で悟りを求め修行している存在である。何らかの経典に基づいた構成と思われるが、それが何なのかはわかっていないという。わかるのは仏教を布教しようという強い意思だ。この如来像と同じ時期につくられたと思われる観音堂の千手観音の石仏は、保存状態はよくないが、7mもの大きさがある。そしてやはりつくられた当時は極彩色に彩られていたと聞くと、それがもし山で突然目の前に現れたらその時代の人々は何を感じたかと考えざるを得ない。同じ平安時代の末期に作られた仏教寺院建築がいしらわき市にある。国宝の白みず水どう堂とちこのシンメトリーの端正な美しさはどうだろう。橡の板で葺かれた方形の屋根の端は緩やかに反り上がっている。激しく跳ね上がる中国の寺院とは異なるだ。1 岩をくり貫いてつくられた薬師堂の大悲山の石仏。つくられた当時は極彩色に輝く空間だった。2 白水阿弥陀堂の堂内。阿弥陀如来像を中心に5体の仏像が安置されている。3 大悲山の観音堂におさまる千手観音の手の先にはかすかに当時の彩色が残っている。4 岩に掘られた巨大な千手観音をおさめる大悲山の観音堂。5 木戸川渓谷の紅葉。ブナやミズナラなどの自然林が広がり、新緑や紅葉の時期、ひときわ渓谷美が映える。(写真提供・楢葉町)6 夜ノ森の桜並木のトンネル。ライトアップされると幻想的な世界が出現する。(写真提供・富岡町観光協会)。7 白水阿弥陀堂。国宝。余分な装飾がないシンプルさがゆえに建築の優美さが際立つ。自然の声に耳を澄まして

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